大判例

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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)120号 判決

原告

東陶機器株式会社

被告

伊奈製陶株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和57年4月16日、昭和54年審判第12797号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

1 原告は左の特許権を有する。

発明の名称 水栓具用ハンドル(以下「本件発明」という。)

出願 昭和48年5月29日、特願昭48―60431

出願公告 昭和52年10月12日、特公昭52―40448

登録 昭和53年7月21日、第912348号

2  被告は昭和54年10日26日、右特許権について登録無効審判を請求し、昭和54年審判第12797号事件として審理されたところ、昭和57年4月16日、「特許第912348号発明の特許を無効とする」との審決があり、その謄本は同年5月15日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

予じめ成形された着色せる合成樹脂製ブツシユの外面を間隙なくおおうように透明合成樹脂製ハンドル本体を上記ブツシユと一体成形せしめてなることを特徴とする水栓具用ハンドル。

3  審決理由の要点

1 本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

2 西歴1969年1月9日ヴイラア フエルラーク発行の「西ドイツ実用新案抜萃」第109頁(以下「第1引用例」という。)には、ハンドル本体は透明合成樹脂例えばアクリル等の射出成形物で、不透明な筒状体()の外面に形成されており、該筒状体()は、例えばステンレス鋼又は真ちゆうで作られるが、ハンドル本体と同様に合成樹脂から作られる場合もあり、その場合は周囲のハンドル本体の合成樹脂成形体内に射出成形されているバルブ、コツク、衛生器具等のハンドルが記載されている。

また、米国特許第3481360号明細書(以下「第2引用例」という。)には、中央スピンドル12の好ましくは6角形状をした上端部分はソケツト16に強固に取りつけられており、また、合成樹脂材料により製造されるのが好ましい給水栓ハンドル17は、上記ソケツト16の周囲に射出成形(鋳造CAST)され、該ソケツト16には、技術的によく知られているので図示は省略されているが、上記合成樹脂材料に喰い込み、ソケツト16と給水栓ハンドル17間に強固な結合をもたらすような接合面(ABUTMENT)が設けられた給水栓が記載されている。

3 本件発明(前者)と第2引用例に記載されたもの(後者)とを対比すると、前者のブツシユは後者のソケツトに対応し、前者のハンドル本体は後者の給水栓ハンドルに対応する。そして両者は、予め成形(形成)されたブツシユの外面を間隙なくおおうように、該ブツシユの周面に合成樹脂製ハンドル本体を成形(鋳造)した水栓具用ハンドルである点で一致し、次の点で相違する。

①  前記ブツシユを、前者は予め成形された着色せる合成樹脂としたのに対し、後者は材料については特に記載されていない。

②  合成樹脂製ハンドルを、前者は透明としたのに対し、後者は透明かどうかについては特に記載されていない。

次に上記相違点について検討すると、先ず①の点については、前者がブツシユを合成樹脂製とした理由は、使用中ブツシユとハンドル本体との間に間隙を生じさせないために、その外周面を隙間なく覆う合成樹製ハンドル本体を該合成樹脂製ブツシユと一体成形するためであるが、この種の水栓具用ハンドルにおいて、椀形に形成された透明な合成樹脂製ハンドル本体の内側周面に不透明とみられる合成樹脂製の円筒体を一体成形したものが第1引用例に記載されており、この種のものにおいても、前者と同様に、内側円筒体の外周面とハンドル本体とは、共に合成樹脂材料で一体成形されるために間隙部は生じないことが明らかである以上、このような技術を後者のブツシユに適用して前者のように形成することは、当業者なら必要に応じて容易に想到しうることであり、また②の点についても、合成樹脂製ハンドルを透明合成樹脂製とし、該ハンドルの内側局面に一体成形された不透明な合成樹脂製円筒体の表面の状態を外部から見られるようにしたものが、同様に第1引用例に記載されている以上、このような技術を後者のハンドル本体に適用して前者のように形成することも、当業者なら必要に応じて容易想到しうることであり、①、②の相違点には何れも発明的工夫を認めることはできない。

また、ブツシユの表面を着色する点については、第1引用例のものも、本件発明のブツシユに相当する円筒体の外面を透明合成樹脂製ハンドル本体で間隙なくおおうように一体成形された構成である以上、透明の合成樹脂製ハンドル本体を通して不透明な円筒体表面の状態が現われるので、目的に応じてその円筒体表面を着色したり凹凸の模様をつけるようにすることは、容易に想到することができるといわねばならない。なおこの点は、西ドイツ実用新案第675062号明細書及び図面(以下「参考例」という。)の明細書中にも明記されている。

結局、本件発明は、第1引用例及び第2引用例に記載された技術的事項に基づき、また必要に応じ参考例を参考にして、当業者が容易に発明することができたものというべきであり、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反したもので、同法第123条第1項第1号に該当し、これを無効とすべきものである。

4  審決取消事由

本件発明の特徴は、水栓具用ハンドルにおいて、「透明合成樹脂製ハンドル本体と合成樹脂製ブツシユとを間隙なく一体成形せしめている」点にある。かかる特徴は各引用例には開示されていない。第1引用例のものには、ブツシユを欠き、しかも一体成形の技術ではない。また、第2引用例のものには、ブツシユに相当するものがあるけれども、合成樹脂製ではない。したがつて、第2引用例のものに第1引用例のものを適用しても、本件発明を構成することはできない。しかるに本件発明を各引用例から容易に推考できるものとし、その進歩性を否定した審決は判断を誤つたものであり、違法であつて取消されねばならない。

①  第1引用例にいう円筒体「」は本件発明における「ブツシユ」に相当するものではない。「」には、透明プラスチツクからなるグリツプ(即ちハンドル)の結晶状外観を得るための手段として、その内側に不透明部を作るための装飾的役割しか与えられておらず、換言すれば文字通り単なる不透明な覆いとしての筒状体であることの役割しかない。

したがって、また、第1引用例における「」とハンドル本体との一体性の度合は、「」が単なる装飾的覆いとしての役割を果せば足りる程度にしか考えられていないことになる。

②  第1引用例には、ハンドル本体内に「」が一体成形される技術が開示されていない。

先ず第1引用例をみると、「」がステンレススチールや黄銅(真ちゆう)で作られる場合のあることが明らかであるが、これを加熱して溶融しプラスチツクハンドル本体内へと射出して筒状体に成形することは、金属とプラスチツクの融点の差(当然ながら金属のそれの方がはるかに高い)からして、技術的に不可能なことである。したがつて、第1引用例の「eingespritzt」(原告訳で「注入」)は、圧入乃至嵌合の意味であると解する外ない。勿論「」はプラスチツク製の場合もありうるが、明細書中の一つの用語を多義的に解することの誤りは言うまでもない。

さらに、そこには、「」は「例えばつや消しまたは光沢クロームメツキした金属コーテイング部をもつことができる。さらに好ましくはスプレーによつて塗布された任意の着色コーテイング部をもつこともできる」と説明されている。これは、つまりは、「」の外側にメツキや着色コーテイングを施すとの説明である。このようなことは、「」ハンドル本体とは別に成形されていて初めて可能となる。一体に射出成形する場合に「」の外面にはメツキやコーテイングの施しようがないのである。従つて、明細書のこの説明も、「」が一体成形ではないことを裏付けている。

すなわち、第1引用例に開示されている水栓具用ハンドルは、透明プラスチツクのハンドル本体(グリツプ)内に「」が圧入ないし嵌合されている構成のものであり、いわゆる一体成形の構成ではないのである。

③  第2引用例における「ソケツト」には、合成樹脂製のものは含まれていない。

第2引用例には、本件審決も認定しているように合成樹脂材料により製造されるのが好ましい給水栓ハンドルがソケツトの周囲に鋳造されてなる給水栓が示されている。

このソケツトには、やはり本件審決が認定しているように、中央スピンドルの好ましくは6角形状をした上端部分が強く取りつけられているのであつて、このような構成からすれば、このソケツトは、前記「」と違つて、本件発明における「ブツシユ」に近いものと言える。

しかし、この第2引用例におけるソケツトは、米国特許出願図面作製規則に照らし、金属製であつて、この点で、着色された合成樹脂製である本件発明における「ブツシユ」と異なっている(本件審決は、第2引用例のソケツトについて材料のいかんは特に記載されていないとしているが、そうではない。)。

また、第2引用例におけるハンドルは、本件特許発明における「ハンドル本体」にほぼ相当するが、やはり米国特許出願図面作製規則に照らしてみると、不透明なものであること明らかであつて、この点で、透明な合成樹脂製である本件発明における「ハンドル本体」と異なつている(本件審決は、第2引用例のハンドルについて透明かどうかは特に記載がないとしているが、そうではない。)。

つまり、第2引用例には、あらかじめ成形された金属製のブツシユの外面に不透明な合成樹脂製ハンドル本体を鋳造した構成の水栓具用ハンドルが示されているに過ぎないのである。

第3被告の答弁

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の取消事由の主張は争う。

本件発明が各引用例に示された技術から容易に推考できるとしてその進歩性を否定した審決の判断は、次のとおり正当であつて、何ら違法の点はない。

本願の特徴が、水栓具用ハンドルにおいて、透明合成樹脂製ハンドル本体と合成樹脂製ブツシユとを間隙なく一体成形せしめている点にあることは認める。

第1引用例にいう「」は、筒状体であり、これが本願のブツシユに相当すると認定した本件審決に誤りはない。

また第1引用例の図面の直上にある「eingesprit-zt」という語は、英語の「inject」と同義のドイツ語「einspritzen」の過去分詞形であるから、同引用例の最後の2行を正確に翻訳すれば、合成樹脂からなる筒状体の場合は、

「それを囲んでいるグリツプ部の合成樹脂内に射出されてなる」

との意味になることは疑いをさしはさむ余地がない。したがつて、第1引用例に記載されている発明は、ステンレス・スチールや黄銅製の「」に関しては、一体成形の技術でないといいうるとしても、合成樹脂製の「」に関する限りは、紛れもなく、射出成形という一体成形の技術を用いているのである。

第2引用例には、ブツシユに相当するものがあるとの主張は認めるが、そのブツシユに相当するもの(ソケツト)は合成樹脂製でない。との主張は否認する。

第2引用例には、ソケツトの材質に関する記載はない。したがつて、その材質としては、使用可能なすべての材質を包含しているというべきである。

第4証拠関係

本件記録中書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告が主張する取消事由の存否について検討する。

成立に争いのない甲第4号証によれば、第2引用例には、水栓具用ハンドルとして、ブツシユ(ソケツト)に合成樹脂製ハンドル本体が射出成形され、ブツシユの外面を間隙なく覆うように強固に結合されているものが示されている。

そして、成立に争いのない甲第3号証によれば、第1引用例には、バルブ、コツク、衛生器具、その他同等物のハンドルで、ハンドル本体と内側筒状体のものとが、一体成形ではないが、一体に結合されていて、両者とも合成樹脂製であり、しかも筒状体のものが不透明であつて、装飾的役割を備えているものが示されている。

そこで、前掲甲第3号証、第4号証に成立に争いのない甲第2号証をあわせ検討すれば、第2引用例に示された前記水栓用具用ハンドルのブツシユが金属製であれば、これに代えて、同種技術分野に属する第1引用例における、ハンドル本体に一体に結合された筒状体の素材である合成樹脂が、同じく構造用材として力伝達的役割にも適しているものであることに着目して、本願発明のように合成樹脂製ブツシユとしてその外面を間隙なく覆うように合成樹脂製のハンドル本体を一体成形することは、たやすく推考できるものというべく、また、第1引用例におけるハンドル本体を透明なものとし、筒状体のものを不透明なものとして装飾的役割を果す点に着目して、これを採用し、本願発明のように透明合成樹脂製ハンドル本体と着色した合成樹脂製ブツシユとの一体成形とすることも、たやすく転用することができるものといわねばならない。

そうすると第2引用例のものに第1引用例のものを適用することによつて、本件発明が容易に推考することができるものとし、その進歩性を否定した審決の判断に誤りはなく、原告の主張は採用することができない。

3  よつて、原告の本訴請求は失当として、これを棄却すべく、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(杉山伸顕 裁判長裁判官舟本信光、裁判官八田秀夫は、いずれも転補のため署名押印することができない。杉山伸顕)

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